宮沢賢治には2つの大きな謎があります。賢治について書かれた本をいろいろ読んだのですが、納得できる説明は得られませんでした。そこで、彼の足跡をたどりながら自分で調べてみることにしました。
2つの謎の概要は次の通りです。
1.「心象スケッチ」の真の目的は何だったのか?
賢治は1925年2月9日付の手紙の中で、自分が出版した『春と修羅』等に書いているのは詩ではなく、「或る心理学的仕事の支度に・・・いろんな条件の下で書き取って置く、ほんの粗硬な心象のスケッチでしかありません」と記しています*1。しかし、彼の生涯をたどっても、この「心理学的な仕事」を完成させた形跡は見当たりません。彼は何をしようとしたのでしょう? 「心象スケッチ」の真の目的はいったい何だったのでしょうか。
彼が18歳のころ、異常な感動を受けて生涯の信仰を定めた1冊の本がありました。それは、『漢和対照 妙法蓮華経』という赤い本です。これを監修したのは島地大等という浄土真宗本願寺派(西本願寺)のお坊さんで、賢治は盛岡の寺で直接教えを受けています。また、賢治の父は有名な学者を呼んで毎年セミナーを主催する在野の知識人で、熱心な浄土真宗大谷派(東本願寺)の門徒でした。賢治の宗教思想は浄土真宗の風土の中で育まれました。その賢治が父と対立し、24歳のとき日蓮宗系の宗教団体「国柱会」に入会します。賢治の童話は国柱会の幹部から勧められ、「法華経文学」の一環として書かれましたが、「ひかりの素足」を始めとして浄土経的なものもたくさんあります。賢治がなぜ、親鸞の浄土真宗を捨てて日蓮宗を選んだのか、その理由は彼のたくさんの手紙を読んでも今一つ明らかではありません。
次の画像は、上記の『漢和対照 妙法蓮華経』の復刻本です。ネットオークションで買いました。表紙にある横書きの文字は、サンスクリット語で「妙法蓮華経」と書かれているのだそうです。*2
『銀河鉄道の夜』の中で、主人公ジョバンニの持っている切符には「おかしな十ばかりの字」が印刷されています。今野氏は、上記のサンスクリット語「サダルマ・フンダリカ・スートラ(妙法蓮華経)」が記されていたのだろうと推測しています。この切符を持っているジョバンニは銀河鉄道をどこまでもいけるのですが、持っていないカンパネルラは途中で降りて天国(浄土)に行ってしまいました。しかし、その文字が書かれた本を持っていた賢治自身は『銀河鉄道の夜』を未定稿のまま残し、1933年9月に37歳で亡くなっています。おそらくは、「或る心理学的な仕事」を完成させないままに・・・。